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構造について

大原三千院民家再生事業
梁が丸見えの1階天井

昔の建物は木部を化粧として見せることが多く、2階床の梁も化粧材として見せています。

今の建物は一部和室を除いて柱、梁を隠してしまうことが通例です。2階の梁の下には1階の天井があり、つまり、梁を太鼓のように2階の床と1階の天井で覆い隠していたわけです。
ところが今回の建物は1階の天井は梁が丸見えで、且つ、2階の床板もそのまま見えています。

又、2階の床板も今のように梁の上に根太を打ち、その上にフロアーや、合板を貼るのではなくて、梁に分厚い板(厚みも8分~1寸)で巾1尺~1尺3寸のものを直打ちしています。ちょっとした剛床になっており、床の水平の歪みも起こらないだろうと思いました。

大原三千院民家再生事業
2階天井部分

また、この家には筋違同様に梁の隅に付くはずの火打ち梁がありませんでした。ここの2階の天井は竿縁で押さえ、板と板を重ね合わせて貼る大和天井の納まりになっています。
物の本では力天井という言い方をしていましたが、解説では「上部を物置などに用いるために梁を渡して荷重に耐えるようにした天井」とありました。

昔の建物は平屋がほとんどで物置の代わりに小屋組部分に梁を渡して板を貼っているのをよく見かけました。今でいうところの天井収納庫かロフトと同じ理屈でしょう。京都の町屋で中2階のような建物が多く、物置でなく居室として利用していたのを目にします。納まりとしましては全く同類のものと思いました。

  • 施工実例 大原三千院民家再生
  • 施工実例 2001.1月 完成

    大原三千院民家再生

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