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外壁

【2月14日(水)外壁の作り方】

大原三千院民家再生事業
ラスカットが貼られた外壁&板貼り
大原三千院民家再生事業
漆喰が塗られた外壁

一見すると、現場はあまり進捗していないように見えますが、よく見ると建物の至る所に細かく修正した部分が見えます。屋根工事はようやく終わり、軸組は完全に修復しました。軸組に付随する袋戸も新材で完成し、外見の軸組に関しては完成というところです。

去年の暮れ頃から、再生委員会の中で壁をどのような素材で作るか議論が続いていました。基本的に伝統的な工法を尊重するなら、下地を竹で編んで、その下地に腐食した藁を混ぜた壁土を塗り、1年ほど放置して、それから上塗りをするというのが本来の工法です。しかし、この工法を用いると、まず耐震強度があるのか疑問でしたし、断熱効果や機密の面でも弱いのではないか。また、竹を編む職人を探すのも費用の面で馬鹿にならないのではないか、という議論が飛び交いました。

この建物は、100年前の佇まいを体現するのが目的であって、居住が第一の目的ではありません。従って、当時の佇まいを再現するのであれば土壁工法の方が問題がないのです。

しかし、ここで立ちふさがったのが耐震とコストでした。コストはなんとかなるけれど、耐震は土壁では心許ない気がします。

確か、京都大学の先生が中心になり、土壁の耐震力を調査する実験をしていました。その結果、土壁はそれなりの耐震力があることが証明されたようですが、筋交いや合板の耐震力と比較できるほどのものではないと思うのです。

様々な問題を検討の結果、耐震は筋交いと合板を使い、断熱はグラスウールを使用することになりました。また、外壁は真壁使用になるためラスカットを柱と柱の間に貼り、その上に漆喰を塗るという工法に落ち着きました。

現場はすでに北面、東面、西面の一部にはラスカットが貼られ、腰から下には大原の民家特有の板張りが施工されていました。
壁は、白の漆喰で真壁の柱は弁殻、腰板も最終は弁殻にて塗装されることになります。

【4月28日(土)】

大原三千院民家再生事業
大原三千院民家再生事業
白く塗られた外壁

現場に到着してみると、すでに外壁の壁は白く塗られており、弁殻色に塗られた真壁の木部と美しく対比してそこに存在していました。伝統的な工法で作られた民家が美しいことは前から実感していましたが、いざ完成に近い外観が現れると、なんともいえぬ感動がありました。

私は胸の高まりを押さえながら、少し離れた位置から建物を眺めていました。

この建物は、軸組以外ほとんど新築と言って良いほどです。
それほど元の建物は崩壊寸前であり、一部の柱は根元の腐食や梁の腐食でレベルが十数センチも落ち込み、北側の元店舗のところなど、どのように工夫しても再生できないと考え、その部分だけは切り落としてしまいました。

また、数多くの柱に根継ぎや埋木を施したものが使われており、シロアリに食われてほとんど空洞状態になった梁も、交換をすると大工事になるので、補強して使用しているという、まったく涙ぐましい建物です。 本当に、この建物ほど崩壊寸前の民家が、完全に再生されることは極めて珍しいのではないでしょうか。

私もまさか、ここまで費用がかかるとわかっていたなら、再生の判断は下さなかったと思います。
長年連れ添った悪女の情にほだされ、ずるずると結界に落ち込む男の心情そのものといえます。

こんなに苦しんだ建物であるのに、いざ完成に近づき、完成したときの外観が想定されるようになると、そんな苦労はどこへいったのか、とたんに陽気な気分になるのが不思議です。

最初、この建物を再生しようと考えたとき、私はもう少し安易な方法で再生することを考えていました。

費用とのバランスで、仕上がりは良くなくとも価格の安い工法や部材を使用することを考えていました。

しかし、民家が本来の姿を現すにつれて、私の考えは、民家やそこで熱気をはらみ建築に勤しんでいる職人に対して、なにか後ろめたい気がしたのです。

確かにこの建物はいますぐ用途のない、当社20周年を記念する事業として実行されたもので、あえて予算を度外視して行うものではないですが、いざ、完成間際の建物に直面すると、安易な仕様に関しては精神的な拒絶感を感じ始めていたのです。

  • 施工実例 大原三千院民家再生
  • 木造建築の可能性 2001.1月 完成

    大原三千院民家再生

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