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協議~解体

【4月29日(土)現場】

大原三千院民家再生事業
現場正面(解体前)

現場は、代表的な観光スポットである三千院に通ずる街道に面しており、土曜日ということもあって観光客が多く行き交っていました。

大原三千院民家再生事業
現場視察風景

現地に赴くまでは、資材用の倉庫にでも建て替えてこの地を活用するしか道はないという意見が大勢を占めていましたが、いざ現地に立ってみると、この地は、いくら老朽化しているとはいえ風情のある建物を解体し倉庫を建てるような場所でないことは一目でわかりました。

また、調査をしていくと、一部屋根や庇が腐食して見た目にはひどい状態ではありましたが、軸組自体はまだしっかりしたものだということも判明しました。

大原三千院民家再生事業
大原三千院民家再生事業
建替え前の建物内部の様子

しかし、この時点でも現在の建物が実際に使えるのかどうか疑わしい部分があり、一度もう少し綿密な調査をしてみようということにになったのです。

そこで、まず建物のうち明らかに腐食し使えない部分を切り取り解体し、軸組の状態にしてから、もう一度この場所でなにが出来るか考えようということになりました。

【5月初旬頃 社内での協議】

大原三千院民家再生事業
三千院の景観にあった現況建物
大原三千院民家再生事業
大原三千院民家再生事業
修復前の建物

現地視察での印象がまだ脳裏に色濃く残っている時期に、私たちは再度三千院の民家について協議をする時間を持ちました。

私の頭には、建物を解体し、その後にモルタルの現代風和風建築を建てたときの薄っぺらな景観が浮かび上がるし、かといってこれほど荒れ果てた建物を再生するには莫大な費用が嵩むだろうという恐怖感にも近い気持ちとが入り乱れ、判然としない気持ちで協議に入ったのです。 

協議に参加した各担当社員の意見はバラバラで、

「修復をするのにはあまりに費用が掛かりすぎるので、現建物を解体し新しい建物を建築すべきである」

「費用は掛かるが、建築会社として崩壊寸前の建物を再生させるというのは、非常におもしろいやり甲斐のある事業である」

「現況建物が景観に合っているので、出来る限り修復費用を抑えるようなやり方で建物を修復し、建物の使用のメリットはなくとも、この建物が周囲に与える景観を保持する為に保存すれば」

など、千々に意見が分かれ、その場では答えが出せないような状態でした。

最終私が意見をとりまとめ決断するということでその場の協議を終えたのですが、この時はまだ私にも答えを出すことが出来ませんでした。

【5月17日(水)休日の現場】

大原三千院民家再生事業
解体の進んだ現場風景
大原三千院民家再生事業
巨大な梁

答えを出すことが出来ぬまま、休日の午後、私は三千院の現場に足を運びました。

5月のまだ熟し切らぬ新緑が大原の山村全体を覆い、周囲は瑞々しい空気に満ちていました。街道沿いに何軒かの新建の家が並び、以前の景観に比較して少し今風になってきたけれど、それでも川伝いに立ち並ぶ桜並木や、小高い場所に位置する現場から望む大原の里の遠景は捨てがたい印象がありました。目的の場所の周囲は解体の噴煙で煙るように朧気に姿を見せており、車から下りた私は眩しく降り注ぐ光を手で遮りながら、白い養生幕で囲まれた建物の中に視線を移したのです。

建物の中は解体が半ばほど進んでおり、特に北側の店舗部分は、柱を残してすべてのものが撤去されていた状態でした。 建物が大きいせいか、1階部分の土間や壁が取り除かれ柱だけになると、その柱の貧弱さがよけい目立ち、また柱の下の基礎が現代のような布基礎ではなく目立たない礎石であることが、足元も貧弱に見せています。 おまけになぜか梁だけが巨大な材料が入っており、そのアンバランスさになにか不安定な気持ちになりました。

「本当に改修できるのだろうか…」。

養生幕に覆われた暗い解体中の建物内部を眺めていてなんどもわき上がるこの思いを、私はどうしても払拭することが出来ませんでした。今なら全部解体してしまうことが出来る。いっそのこと全部解体をして、きれいに整地してしまったほうが問題が少ないのではないか。私の心は右に左に揺れながら、結局その場でも答えを出すことは出来ませんでした。

私は解体中の建物から裏庭にでました。庭の東側の境界線は苔むした石組みで組まれており、その上から庭全体を覆うような紅葉の木が枝を張り巡らしています。

初めてこの地を訪れ初めてこの物件を見たとき鬱蒼と緑に囲まれたこの庭と、その庭の大きな位置を占めている池を泳ぐ褐色の鯉の群を見て、私はこの住居は購入すべきだと思いました。
その当時、私は建物より庭に惹かれてこの物件を買ったような気がするのです。

大原三千院民家再生事業
白い土蔵

また庭の一隅には少し剥落しているけれど、まだ美しいと思える白い土蔵があり、今まで土蔵を持ったことのない私には、この土蔵自体も魅力的な存在でありました。今建物の解体のため一部荒れ果てているけれど、未だにその頃の面影を残す庭でありました。

【5月27日(土)現場】

大原三千院民家再生事業
根本が腐食した柱

あらかた解体が終了したという報告を受け、私たちはこの日に現地で待ち合わせることにしました。当日は朝から激しい雨が降り注ぎ、現場調査には最悪の状況でしたが、現場は不要なものが粗方解体され整理された状態となっていました。建物を覆う養生シートの陰鬱さや空模様の不穏な気色もあって、軸組を残しそっくり解体された建物はどこかうらぶれています。
この前日、現場担当者から不安な口調で、
「今地震がきたら横転しそうな状態になっていますよ。早く補強をする必要があります。」

という報告を受けていました。
実は、私も建物の状況が気になっていて、それより前に何回か現場には顔を覗かせていたのですが、この建物は確かに柱は貧弱で、よくもこのように大きな建築物が数少ない貧弱な柱によって支えられていたなと感嘆する有様でした。

おまけに何本かの柱は根本から腐食して、梁にぶら下がっている状態で、南東に位置する胴差しは雨水の浸透でボロボロに腐食しています。
解体が終えた軸組だけの建物をみんなで漠然と眺めながら、ほんとにこの建物を元の風情に戻せるのか暗澹とした気持ちになっていました。

この気持ちは私だけのものではなく、その場にいた担当者すべてが抱いていた気持ちだったでしょう。しかし、こうしてうらぶれた軸組だけの民家を見ていると、建物の色々な場所から

「まだ生き続けることが出来るのだから、もう少し生かして欲しい」

といううめき声のような声が聞こえてきそうで、私は鳥肌が立ちその場から離れたのでした。

解体を終えてからこの建物の行く末を考えようと、とりあえず軸組を残すだけの解体を終えたのですが、いざこの場にたってみると、再生以外後がないような気分にさせられました。
そこで、私は現場の担当者に、「出来る限りこの建物が出来たときの原形に戻す」ということと、「出来る限りコストを削減した工法にて復元する」という2つのコンセプトを伝えたのでした。

  • 施工実例 大原三千院民家再生
  • 木造建築の可能性 2001.1月 完成

    大原三千院民家再生

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